スポーツ栄養学をメカニズムから知る
スポーツ栄養学 寺田新
この本は、スポーツにおいて「回復やパフォーマンスの向上にはこういう食事をとるべき」というような直接的な内容ではなく、「なぜそのように摂取すると効果的なのか?」というメカニズムを細胞レベル、分子レベルで解説することを目的として書かれている。
結構専門的
著者が東京大学教養学部後期課程統合自然科学科において担当している「スポーツ栄養学」の講義内容の一部をまとめたものということで、結構専門的である。
どのぐらい専門的かというと、例えば、グリコーゲンの説明。
グリコーゲンとは、グルコースが連結された状態のもので、エネルギー源として利用される際には、グルコース(正確にはリン酸が付加されてグリルコース1リン酸)へと再度分解される。グルコースをそのままの状態で細胞内に保存するのではなく、いったんグリコーゲンへと変換して貯蔵するのは、一つの大きな分子になることで、肝臓や骨格筋の細胞内の浸透圧を下げ、より多くの糖質を細胞内に貯蔵できるようにするためである。細胞内の浸透圧は溶けている物質のモル濃度に比例して増加するが、グルコースのまま貯蔵しようとするとモル濃度が増加してしまい、浸透圧を薄めるために大量の水が細胞内へ流入してしまうため、多くの糖質を貯蔵できなくなってしまう。一方、グルコースを連結すれば、モル濃度、さらには浸透圧が下がり、より多くの糖質を貯蔵できる(P75)。
こういった説明に図が挿入されていたりして、生物の教科書のような感じ。
そして、このような基本的な細胞レベル、分子レベルのメカニズムを説明したうえで、筋グリコーゲン量を高めるグリコーゲンローディング、運動前の糖質補給、運動後のグリコーゲン回復、運動におけるグリコーゲンの消費の抑制、さらには、糖尿病の原因、糖質制限食の効果などを説明していく。
(糖質制限食については、「現時点においては糖質を制限するメリットは必ずしも大きくないかもしれない。」としている(P103))
同様の構成で、エネルギー消費量と摂取量、たんぱく質、脂質、運動中の水分摂取法とスポーツドリンクの効果、サプリメントの考え方などについて書かれている。
サプリメントについて
サプリメントの部分は、関心が強いだけに印象に残るところが多かった。
「ポパイのほうれん草」のように接種してすぐに、効果を発揮する物質は、間違いなくドーピング禁止薬物になるはずである。普段の食事に気を付けたうえで、ほんの少しの上積みを期待して摂取するのが、エルゴジェニックエイド(パフォーマンスの向上を期待して摂取するサプリメント)を使用するうえでの正しい姿勢である(P224)。
ポジティブデータが論文になりやすい
論文として世の中に公表されるデータの多くは、その物質に効果が認められたというポジティブな内容のものが多くなる。効果がないというデータが得られた場合、データやその内容に新規性がなく、世の中に対するインパクトも小さいため、研究者としてはそのデータを公表したいという動機が薄れていく。このことを「パブリケーションバイアス」と呼ぶ。したがって、「効果あり」というポジティブデータが論文になりやすい(P226~227。太字、アンダーラインはブログ主)。
本当にその情報が正しいか確認するのは容易ではない。
(基礎実験、疫学研究・観察研究、ランダム化比較試験(RCT)、メタ解析、系統的レビューなどの順で信頼性が高まるとのこと…)
そこで、一般の人でも確認できるサイトとして以下を挙げている。
「健康食品」の安全性・有効性情報〔国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所〕
オーストラリアのスポーツ科学研究所(英語…(>_<))
メカニズムからスポーツ栄養学を学ぶ理由は?
さて、結構専門的な本書であるが、メカニズムからスポーツ栄養学を学ぶ理由は何か。
健康の維持・増進、ダイエット法など、書店やインターネットには情報が氾濫している。「長生きするためには肉を食べるな」や「糖質の接種量を制限すべき」という情報がある一方で、「肉食系の人は長生き」、「米を食べないと不健康になる」といった本が販売されていたりする。しかも、このような本はいわゆる「専門家」といわれている人が執筆している本であり、いったい何を信じたらいいのか、どのように対処したらいいのか一般人が判断するのは至難の業である。
少なくとも、世の中すべての人に当てはまる理論はなく、個々人の様々な要因によって必要なものが変わるということは言える。
それらを総合的に考え、氾濫する情報の中から自分や身の回りの人に当てはまる情報を取捨選択する能力が必要となってくるが、身体に関する基本的な知識、栄養素の接種にともない体内・細胞内でどのような変化が生じているのか、といいうことを知っておくのはその第一歩になる(P6)。
食事を摂れば、それらがすべて身体に取り込まれ、身体の状況が一変するというわけではない。身体は一見安定した状態を保っているようで、実はその中身は少しずつではあるが絶えず入れ替わっている。これを専門用語では「動的平衡」という。したがって、食事で身体を変える。より良い方向にしていくというのは、そのような毎日行われながらも目に見えない動きの中において食事を整えることで、少しずつ身体の中身を入れ替え、スポーツ選手に適した身体、健康的な身体へと長い時間をかけてゆっくりとつくりかえていくことに他ならない(P4)。
DNA(デオキシリボ核酸)、TCA回路、ATP、モル濃度、浸透圧、ミトコンドリア、などなど、生物用語がたくさん出てきて、高校生物の勉強を思い出した(笑)