感染症を理解し、withコロナを考える 〜感染症の世界史

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感染症の世界史

石 弘之

 

新型コロナウィルスの第2波か、感染者数が増えている。

報道は、日々の感染者数が大きく取り上げられるので、ヒステリックに感じることが多い。

客観的な情報を冷静に分析している記事もあるが、あまり目立たない。

情報を冷静に選別するには知識が必要だ。

 

本書は2018年が初版だが、中国が感染症の巣窟になる恐れを指摘している。内容もそれほど難しくなく、感染症を理解するのにいい本だと思う。以下、一部紹介する。

  

  

人類と微生物の果てしない軍拡競争

約20万年前にアフリカで誕生した人類の歴史は、細菌やウィルスとの軍拡競争史にも例えられる。

インフルエンザ、風疹、ヘルペスマラリア赤痢、水虫など、人類はアフリカを出て、生息域を広げ、生活様式を変化させていくなかで、常にそれらと戦ってきた。

 

微生物にとって哺乳動物の体内は温度が一定で、栄養分も豊富な恵まれた環境であり、潜り込んで繁殖するのに適している。

一方、宿主にとって、病原性を持った微生物は厄介な存在だ。感染すると、細胞が傷ついたり栄養分を横取りされて衰弱したり、遺伝子を乗っ取られて細胞がガン化することもある。

そこで宿主は免疫による防御システムを発達させ、微生物を排除するか、懐柔しようと図ってきた。

 

その争いの結果は、以下の4つに分類される

 

1.宿主が微生物の攻撃で敗北して死滅する

これは共倒れとも言える。毒性の強いエボラ出血熱が局所的な流行で収まっているのはこのためだ。

宿主が滅びてしまうと、別の宿主に乗り移る機会が減少してしまう。

微生物にとってもいい結果ではないので、基本的には年月の経過とともに弱毒化する傾向がある。

 

2.宿主側の攻撃が功を奏して、微生物が敗北して絶滅する。

ワクチンによって根絶された天然痘が該当する。これは稀なケースだ。

 

3.宿主と微生物が和平関係を築く。

宿主の体内には、膨大な数の微生物が存在するが、普段は何も悪さをしない。

これらは「日和見菌」と呼ばれている。ただし、宿主の抵抗力が低下すると、日和見感染を起こす。カンジダ症、ヘルペストキソプラズマ症、カポジ肉腫などが分類される。

 

4.宿主と微生物がそれぞれに防御を固めて、果てしない戦いを繰り広げる。

水痘(水ぼうそう)ウィルスは一度感染すると、宿主の神経細胞に永久に潜む

平和共存のように見えて、宿主の体力が落ちて免疫力が低下すると、帯状疱疹を引き起こす。

 

「赤の女王」

人類は、ワクチンや抗生物質を開発し、多くの感染症を抑えられるようになった。

しかし、今日でも新型インフルエンザや風疹などの突発的な流行に依然として脅かされている。

微生物は耐性を獲得し、人類の防御手段をかいくぐる。宿主側は新たな対抗手段を開発しなければならない。

 

このようなイタチごっこは、「赤の女王効果」と言われている。

鏡の国のアリス』で、女王は、アリスに忠告する。

「いいこと、ここでは同じ場所にとまっているだけでも、せいいっぱい駆けなくてならないんですよ」

周りの風景も同じスピードで動いているので、同じ場所にとどまるためには全力疾走を続けなければならないのだ。

宿主が防御機構を備えても感染症が新たな攻撃方法を編み出すので、我々は逃げきることができない。常に防御機構を開発するため、走り続ける必要がある。

 

ワクチンや抗生物質の乱用は耐性菌を増やす

抗生物質によってほとんどの細菌は死滅するが、なかには耐性を獲得するものが出てくる。

この耐性の獲得は親から子へという垂直遺伝だが、非耐性の菌が別の菌から耐性遺伝子を受け取る水平遺伝も起こる。

つまり、菌が耐性を身につけるということは、抗生物質から生き残った耐性菌が増殖するだけでなく、耐性のない菌までも耐性遺伝子を受け取って、耐性菌へと変身する可能性が高まるということである。

 

また、人の体内だけで耐性微生物が生まれるわけではない。

タミフルは、体内で全て代謝されるわけではなく、下水に流れ込む。そして、従来の汚水処理技術ではタミフルを完全に除去することはできないタミフルは、下水処理場をすり抜けて河川に入り込むことになる。

そして、水鳥が水中のタミフル接触すると、体内でタミフルに対して抵抗性のあるウィルスが生まれる可能性がでてくるのだ。

 

微生物への適応としての病気

ワクチンや抗生物質は、ごく最近の話だ。

そもそも人類はワクチンや抗生物質だけで細菌やウィルスと戦ってきたわけではなく、自ら身体を微生物に適応させてきた。

 

赤血球が潰れて鎌形になった遺伝性の病気が、アフリカ、地中海地域、インドなどのマラリア流行地で見られる。

重い貧血症を起こして死亡するケースもあるが、アフリカの一部で患者が30%を超える地域があり、米国のアフリカ系では11%にのぼる。

マラリア原虫は人の赤血球で増殖するが、鎌形赤血球のなかでは生きていけない。

これはマラリアで死ぬか、貧血で死ぬかを天秤にかけた結果、貧血になる方が生存に有利だったということだ。

 

日本人がお酒に弱いのは、微生物と関係があるのではという説もある。

最近の日本人のゲノム解析によると、アルコールを代謝する「ADH1B」と「ALDH2」という酵素をつくる部分が変化し、世代を経るごとに酒に弱くなるゲノムが蓄積されていったことがわかっている。

稲作をはじめた頃の日本人は、水田にいる寄生虫やアメーバに悩まされていたらしく、酒に弱く有害物質を分解できない体の方が寄生虫などを体から追い出すのに好都合だったのかもしれないというのである。

 

他にも、「発熱」は微生物を熱死させるか、自分が衰弱死するかの我慢くらべ、「せき」、「吐き気」、「下痢」は病原体を体外に排出する生理的反応である。病原性O-157に感染しているのに下痢止めを服用すると、毒素が排出されず、死亡率が高まることを知っている人も多いだろう。

  

環境の変化が感染症との距離を縮める

人類は誕生以来つねに病気に悩まされていたが、感染症の流行にさらされるようになったのは、定住化や農業の発達が関係している。

 

初期の定住場所は、農業をするために、ほぼ水辺に限られていた。灌漑のために、よどんで水深の浅い水路が掘られるが、そこは昆虫や巻き貝など病原体の宿主の絶好な住処になり、感染症がはびこる環境を作り出した。代表的なものが、蚊が媒介するマラリアである。また、農業に必要な家畜も感染源となる

 

定住社会が発達し、都市化が進行すると、水の汚染感染症の原因となった。

上水と下水の分離には高い技術が必要で、初期の社会では難しかった。コレラ赤痢チフスなどの消化器系の感染症がしばしば蔓延することになる。さらに、人口が増え、居住地域を増やすために、森林を伐採することで、未知の微生物に晒されるようにもなった。

 

人類の移動による拡散

今まさにパンデミックとなっている新型コロナウィルスは、グローバルな世界だからこそ、これだけ急速に拡散したが、古くはシルクロードも拡散をもたらした

中国と西アジア・地中海沿岸地方を結んだシルクロードは、東から絹、漆器、紙などが、西からは宝石、ガラス製品、金銀細工、絨毯などが主な交易品だったが、同時に、西から東に天然痘や麻疹、東から西にペストをもたらした。

漢王朝の中国は、最盛期に人口が6000万人を超えていたとみられるが、これらの流行で4500万人程度にまで減少し、漢衰退の一因にもなった。

また、コロンブスの新大陸発見により、その当時、先住民と言われる人々約8000万人が南北アメリカ大陸に住んでいたとみられるが、ヨーロッパからもたらされた感染症により、上陸から50年で1000万人に激減している。

 

withコロナ、with感染症

この他にも、ピロリ菌と逆流性食道炎、中国南部が震源地になりやすいインフルエンザ、トキソプラズマによる性格の変化、HIVの弱体化など、感染症ごとの解説も興味深い。

 

冒頭で書いた、中国が感染症の巣窟になる恐れがある理由としては、経済力の向上に伴う移動の活発化大気や水質の汚染による呼吸器や消化器の損傷による感染の危険性相次ぐ食品スキャンダルが挙げられている。

 

本書では感染症の厳しい現実を知ることになるが、だから悲観的になるかというとそうではない。

人類の感染症との戦いの歴史を知れば、「まぁこんなものなのか」と、諦めではないが、覚悟のようなものを持つことができる。

 

感染者の増加を聞くと、不安になるのは仕方がない。ネガティブな情報に強く反応するからこそ、我々の祖先は生命の危険を未然に防いで生き延びてきた。

もっとも、人類は遺伝子による微生物への適応を待たずに、情報や技術を伝達し、ワクチンや抗生物質を作り出し、対応することができるようになった。

 

コロナについても、ヒステリックに対応するのではなく、どう付き合うか、という覚悟が必要だ。

 

   

感染症の世界史 (角川ソフィア文庫)

感染症の世界史 (角川ソフィア文庫)

  • 作者:石 弘之
  • 発売日: 2018/01/25
  • メディア: 文庫