自分自身の情動を知ることがEQの基礎 ~EQ こころの知能指数 vol.1

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EQ こころの知能指数

ダニエル・ゴールマン

 

有名大学出身で採用試験はトップで通過したけど、仕事ができない。周囲と協調して動けない。

 

「あの人、勉強はできるのにね・・・」

IQは高いのに、社会でうまく生きていけない。

その理由を本書の言葉で説明するなら、「学力試験で測定されるような認知能力は広範な知性のごく一部分しか反映していない」し、「感情をコントロールする能力は学業成績とは別だ」からだということになる。

 

人間の能力の差は、自制、熱意、忍耐、意欲などを含めたこころの知能指数(EQ)によるものであり、それは教育可能だというのが著者の考えだ。

 

本書は1995年に発表され、全世界でベストセラーになった。

特に印象に残ったのは第9章「結婚生活の愛憎」だったが、その部分も含め、2回に分けて紹介してみようと思う。

 

 

EQとは

そもそもEQとは何か。

EQは“Emotional Intelligence Quotient”の略で、本書では「こころの知能指数」と訳されている。IQは“Intelligence Quotient”で、知能指数だ。

 

こころの知能指数といっても漠然としているが、おおまかには、自分の感情を認識・コントロールし、他者の感情を理解し、共感する能力をEQといっていいだろう。

 

感情・情動

心の一番深いところから発する情熱や願望は、人間を動かす根源的な力だ。

有名になりたい、一番になりたいという願望、人の役に立ちたい、社会に貢献したいという情熱は、文明発展の原動力になる。

強い愛情があればこそ、大切な子どもを助けたいという必死の思いがあればこそ、親は自分自身の安全を犠牲にしてでも子どもを守ろうとすることができる。

 

そもそも感情は、本質的には行動を起こそうとする衝動であり、それが急激で一時的なものを情動と呼ぶ

これらは、自然淘汰の過程で私たちの脳に刻みつけられた反射的な行動指針だ。

  

怒りを感じると、血液が両手に集まり、武器を握ったり敵になぐりかかったりする準備をする。心拍数が上がり、アドレナリンなどのホルモンが一気に増加して激しい動作に必要なエネルギーを作り出す。

恐怖を感じると、血液は両脚などの大きな骨格筋に流れて逃げる準備をする。顔は血の気が引いて青白くなる。同時に、ほんの一瞬、からだが凍りついたように動かなくなり、逃げるべきか隠れるべきかの決断をすることになる。注意は目の前の脅威に集中し、最善の対応をさぐる。

驚いたときに眉をつりあげるのは、視界を広くし、網膜を刺激する光を多く取り入れる働きがある。多くの情報を収集し、正確な状況判断や最適な行動を選択するためだ。

 

このように、感情、情動は種の保存、繁栄に大きな役割を果たしてきた。

しかし、それらが必要とされていた狩猟採集時代の環境と現代の環境は全く異なり、怒りや恐怖の感情をそのまま出すようなことがあると、不都合が生じてしまう。

 

特に情動による急激な心身状況の変化は、反応は速いが、完全に状況を確認する前に反応してしまうので、よく間違いを起こしてしまうのが困ったところだ。

 

典型的なのはトラウマだろう。

激しい恐怖にさらされた経験は、脳に深く刻まれ、その後、少しでも似たような状況を感じてしまうと、客観的には何ら問題ない状況だったとしても、必要以上の反応をしてしまう

このような反応は狩猟採集の時代であれば、敵から攻撃を受ける前に一瞬で逃走することができ、命を守るために大いに役立ったはずだ。ゆっくり考えてから結論を出すよりも、ほんの少しでも危険を察知したら、行動したほうが生存の確立が上がる。

しかし、現代ではそのようなことにはあまり遭遇することはなく、かえって周囲に迷惑をかけるし、場合によっては、自身のキャリアや大切な人との人間関係を壊してしまうこともある。

 

情動のハイジャックと脳のメカニズム

問題行動を起こしてしまうのは、何もトラウマを抱えている人に特有の問題ではなく、誰にでも起きうることだ。この本では、情動によって理性的な思考や行動がとれなくなることを「情動(扁桃体)のハイジャック」と呼んでいる。

 

そこで、なぜ人は理性的な思考や行動がとれなくなるのか。脳の仕組みから情動のハイジャックが起こるメカニズムを簡単に説明する。

(以下の内容は、本書のほか、サイトMindful Music内の記事、「マインドフルネスを理解するための脳科学の基礎【2】感情のコントロールと扁桃体」を参考にした。)

 

人の反応には大きく分けて2つのルートがある。幹線ルート緊急ルートだ。

 

幹線ルート

テーブルの上にリンゴがあったとする。

まず、情報は目から入り、視床を経由して一次感覚野(一次視覚野)へ届く。

この段階では「何かの物体がある」としか認識していない。

 

 

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幹線ルート 画像はMindful Music、上記記事より引用

 

感覚野に届いた情報は、連合野に送られる。

頭頂連合野では、「テーブルに置かれた」という空間的な情報を認識する。

側頭連合野では「赤くて手のひらサイズの物体」といった形や色を認識する。

連合野は記憶を保存している海馬と繋がっているため、「テーブルに置かれたリンゴ」という認識ができるようになる。

 

さらに、前頭連合野では、「あれはリンゴだ。食べたいな。今すぐ食べようか、あとにしようか」という推測、判断、調整、意思決定などを行うことになる。

 

意思決定が行われれば、連合野から運動野へ情報が送られ、実際に行動を起こす準備をすることになる。

 

この一連の流れが、人が理性的な判断を下して行動するための幹線ルートだ。

 

緊急ルート

以上のように、幹線ルートは段階を踏んで情報を処理しているのがわかるだろう。

これがリンゴならいいのだが、敵だった場合はどうなるか。

 

茂みにヘビがいてこちらに向いているとする。

「何かグルグル巻きの物体があるな」(一次感覚野)

⇒「茂みのなかに隠れているぞ」(頭頂連合野

⇒「緑色で先端から赤く細長いものを出しているぞ」(側頭連合野

⇒「これは毒ヘビではないか」(海馬から引き出す)

⇒「確認しようか、しばらく様子を見ようか、逃げようか、どうしようかな」(前頭連合野

⇒「逃げよう」(運動野や扁桃体へ情報送信)

 

こんなに呑気に情報を処理していては、ヘビにかまれてしまう(笑)

そこで緊急ルートの出番だ。

 

緊急ルートでは、視床から扁桃体へ情報が送信される。

扁桃体に情報が伝わると、

「ドクロを巻いている物体」=「ヘビ」=「危険」=「緊急事態」

という判断が瞬時に行われる。

 

 

緊急事態と判断した扁桃体からは、脳や身体全体へ「逃げろ!」と発令することになる。

 

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緊急ルート 画像はMindful Music、上記記事より引用

 

その発令によって、

視床下部へ命令し、ストレスホルモンを分泌、血圧や心拍が上昇し、筋肉が緊張する。

大脳新皮質の注意回路をコントロールし、ヘビに注意を集中させる。

 

また、緊急事態という情報が、「⼤脳新⽪質」を駆け巡り、その結果、「恐怖」や「不安」といった意識的な感情が⽣まれ、さらに扁桃体を刺激し続ける。

 

このようにして、扁桃体が⽣み出す「恐怖」や「不安」という感情が、脳と⾝体を完全に⽀配する。天敵を前にして、闘争or逃走の行動を起こさなければならないとき、論理的に考えている暇はない。脳と身体を緊急事態モードにしなければならないのだ。

これが、「情動(扁桃体)のハイジャック」と呼ばれる現象である。

 

  

感じる知性・考える知性

幹線ルートのおかげで人は理性的な判断ができ、緊急ルートがあるので緊急事態に対応できる。どちらのルートも人類の繁栄に必要不可欠のものだ。しかし、緊急ルートについては、人類の生存環境の変化により、情動のハイジャックによる誤作動という問題を抱えるようになった。

 

注意しなければならないのは、どちらが良い、悪いという話ではないことだ。

危険などを察知し、瞬時に行動を起こそうとする反応=情動は、いわば「感じる知性」といえる。

それに対し、物事を筋道たてて理解し、論理によって行動を起こそうとするのは「考える知性」である。

逆説的だが、理性的な判断を下すために感情は不可欠な要素だ。感情によって私たちはまず大まかな方向性を与えられ、そこではじめて論理的知力を発揮できる。

人生をうまく生きられるかは、両方の知性のバランスによるのだ。

 

EQの5つの領域

では、両方の知性のバランスをとるためにはどうしたらいいか。

必要なのはEQだ。

EQの具体的な内容として、本書は以下の5つを挙げている。

  1. 自分自身の情動を知る。
  2. 感情を制御する。
  3. 自分を動機づける。
  4. 他者の感情を認識する。
  5. 人間関係をうまく処理する。

 

これらのなかで、①は情動に関わるあらゆる知性の基礎になる。

 

そもそも、情動が生起するタイミングや内容をコントロールすることは不可能だ。

怒ったり、悲しんだりすることを止めることはできない。

止めるということは、人間らしい生き方を放棄するということだ。

 

生起するタイミングや内容をコントロールできないからこそ、自分自身の情動を認識する能力が重要になる。

自分自身の情動を客観的に認識し(1)、状況を違う視点でとらえられるようになると、感情を制御しやすくなる(2)。

自分自身が本当に求めていること、達成したいことを認識し、自分の能力、周囲の状況などを正確に把握すれば、プレッシャーやストレスを適度にコントロールしながら、自分を動機づけ、目標に向かって努力できる(3)。

また、自分自身の感情、情動を認識できれば、他者の感情を認識することができる(4)。共感だ。

共感できれば、意見の相違があっても、相手を尊重しつつ、適切な解決方法を考えることができる(5)。

 

これがEQの基本である。

 

とりあえず今回はここまで。

 

次回は今回の話をベースに「結婚生活の愛憎」について紹介してみたい。

 

  

EQ こころの知能指数 (講談社+α文庫)

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