スタンフォードのストレスを力に変える教科書
ケリー・マクゴニガル
緊急事態宣言、休業要請、外出自粛…
4〜5月の新型コロナウィルスの影響はすさまじかった。
普通の生活ができないことで、DVや児童虐待、自粛警察など、ストレスを起因とした問題も発生していた。
本書では、ストレスに対する認識を変え、力に変えるための方法が書かれている。
Withコロナでも役立つと思うので概略を紹介する。
ストレスは害なのか
私たちはストレスについて、ネガティブな考えを持っていることが多い。
「ストレスがたまる」「すごいストレス」「ストレスMax!」
ストレスがあると心身の健康を害するので、避けなければとも思ってしまう。
しかし、同じようなストレスにさらされながらも、うまく物事を運べる人もいるし、逃げ出す人もいる。その差が生まれるのはなぜか。
それは、「ストレスの捉え方」に原因がある。
ストレスに関しては、人それぞれ先入観や意見がある。
ストレスを感じるたびに、先入観や意見が頭をよぎるのだが、この思い込みの効果は強力で、「マインドセット効果」と呼ばれている。
記憶や、思いがけない状況、誰かの言葉などがきっかけとなって、自分のなかの思い込み(マインドセット)が強化されると、考え方も、感情も、人生に対する向き合い方も、ことごとく左右されるようになる。やがてそれが、健康、幸福、寿命といった長期的な結果にも影響する。
そして、マインドセット効果の素晴らしいところは、一度マインドセットを良い方向に変化させると、変化するための取り組みをしたことを忘れてもその効果は持続し、最初は小さな変化でも、次々に変化を引き起こし、いずれ大きな変化(良い意味で)になることもわかっている。
ストレス反応にもいろいろある
ストレスに対する反応というと、心臓が高鳴り、血圧があがり、全身に血が巡るというような「闘争・逃走反応」を想像することが多い。
闘争・逃走反応は、敵に遭遇したとき、生命の危険にさらされたときに、瞬時に行動を起こす際に必要な反応だ。体じゅうの力と意志力が結集され、普段はとてもできそうにないことをできたりする。火事場の馬鹿力もそうだ。
だが、ストレスに対する反応はそれだけはない。
「チャレンジ反応」、「思いやり・絆反応」というものもある。
チャレンジ反応
ストレスはあってもそれほど危険でない場合、チャレンジ反応が生じる。
心拍数が上昇し、アドレナリンが急増、筋肉と脳にはどんどんエネルギーが送り込まれる。
闘争・逃走反応と異なるのは、まず、集中力は高まるが、恐怖は感じないことだ。
また、ストレスホルモンの分泌される割合も異なり、ストレスから回復したり学んだりする力が増強される。
思いやり・絆反応
ストレスを感じると、力が湧き出るだけではない。多くの場合、人とのつながりを求める気持ちが強くなる。愛情ホルモンと呼ばれたりする、オキシトシンの働きによるものだ。
オキシトシンが分泌されると、誰かと触れ合ったり、メールを交わしたり、一緒に飲みに行きたくなったり、周りの人の考えていることや感情に気づき、理解する力が強まる。また、大切な人たちへの信頼が深まり、相手の役に立ちたいという思いを強くする。
働きはそれだけではない。オキシトシンは脳の恐怖反応を鈍らせ、体が動かなくなったり、逃げ出そうとしたりすることを防ぐなど、勇気をもたらす効果もある。
最終段階は回復
どのストレス反応においても、最終段階は「回復」だ。
体は回復のために様々なストレスホルモンの力を借りる。
ストレスからの回復は、瞬間的なものではなく、脳は数時間かけて神経細胞間の結合を「再配線」し、ストレスの経験を記憶し、学ぼうとする。これはストレスホルモンの働きによるものだ。
強いストレス反応からの回復の際には、恐怖やショックや怒りを感じたり、罪悪感や悲しみに襲われたりする。あるいは、安心感や喜び、感謝の念を覚えることもある。
様々な感情を味わえば、経験したことを記憶しやすくなる。このような感情に伴う神経系の反応は、脳の可塑性を高める(可塑性=脳が経験に基づいて自らを改造する能力)。
つまり、手に汗をかいたり、誰かに元気づけてもらいたくなったり、起こった出来事を何度も考えてしまうのは、自分自身がストレスにうまく対処できるうように、体と脳が助けてくれているしるしなのである。
どのストレス反応が起こるかは自分で変えられる
いつどんなときに、どんなストレス反応が起こるかは、育った環境、経験に影響を受ける。
子どもの頃に命に関わるような病を経験した人は、ストレスを感じたときに人に頼ることを学んでいるため、強いオキシトシン反応を示し、「思いやり・絆反応」が起こりやすい。
反対に、子どもの頃に虐待を受けた人は、ストレスを感じたときに人を信頼してはいけないことを学んでいるので、ストレスを感じたときには、「闘争・逃走反応」が起こって身を守ろうとするか、「チャレンジ反応」が起こって自分の力で頑張ろうとする。
また、生まれもった遺伝子もストレスに影響を与える。
しかし、重要なのは、経験や遺伝子による影響は決定的ではないことである。
ストレス反応のシステムは適応性に富んでおり、常に最適な対処方法を見つけようとする。
たとえば、「闘争・逃走反応」を示すことが多かった男性が、父親になったとたんにテストステロンが減少し、「思いやり・絆反応」を示すようになったりする。
このような変化は戦略的なものなのだ。
さらに重要なのは、ストレスに対する適応策は、永続的なものではないということである。
脳と体は、人生で最も重要な問題に対処できるよう常に変化し続ける。
そして、ストレスに対する体の反応は自分が望むように変えることができる。
ストレスを感じたとき、脳や体は生物学的に経験から学びやすい状態になっている。
つまり、自分自身のストレスに対する反応の仕方を変えたいのなら、ストレスを感じるたびに、「新しい反応の仕方」を練習すればよいのだ。
ストレスをめぐる矛盾
そんなことを言っても、我々はついストレスのない生活に憧れてしまう。
しかし、様々な研究で、総体的な幸福度を評価した場合、もっとも幸福な人たちは、ストレスのない人たちではなく、大きなストレスを感じていながらも、精神的に落ち込んでいない人たちであることがわかっている。
著者はこれを「ストレス・パラドクス」(ストレスをめぐる矛盾)と呼んでいる。
これは感覚的に理解できる人が多いだろう。ストレスと生きがいは結びついている。
自分の役割にしっかりと取り組み、目標に向かって努力すれば、目的意識を持って生きていけるいっぽうで、ストレスを避けることはできないからだ。
ストレスを避けようとすることの問題
ストレスを避けようとすることの最大の問題点は、そのうちに自分自身や人生に対する見方が変わってしまうことだ。生活のなかでストレスを感じることが、なにもかも問題だと思うようになる。マインドセット効果がマイナスに働くのだ。
仕事にストレスを感じれば、「こんな仕事やってられるか」、結婚生活にストレスを感じれば、「こんな夫婦関係は変だ、どうかしている」、子育てにストレスを感じれば、「自分の育て方が間違っているに違いない」、習慣を変えようと努力することにストレスを感じれば、「やっぱり無理な目標だった」と考えるようになる。
さらに、生活のストレスはできるだけ少ない方がいいと考えていると、ストレスをたくさん感じるのは自分がダメだからに違いないと思うようになる。自分がもっと強かったら、もっと頭がよかったら、もっとまともだったら、こんなにストレスを感じなくていいのにと思ってしまう。
そうではなく、ストレスと人生の意義や自分の価値観には、切っても切れないつながりがあることを認識する必要がある。
意義深い人生には、ストレスはつきものなのだ。
ストレスに強くなるとは?
では、具体的にストレスに強くなるにはどうしたらいいか。
それは、ストレスを感じた時に、「勇気」や「人とのつながり」や「成長」という人間ならではの底力を、自分のなかに呼び覚すことだ。また、ストレスを経験するなかで自分自身を積極的に変えていくことでもある。
ストレスを受け入れて勇気を出す
ほとんどの人は、プレッシャーのかかる状態ではリラックスするのがいちばんいい、と思っている。
しかし、数々の実験で示された結果は、その逆だ。
つまり、能力の発揮にはストレスを感じていたほうがいい。
能力を発揮するためには、勇気が必要となるが、そのためには、「脅威反応」を「チャレンジ反応」に変える必要がある。
そしてそのためには、自分の個人的な強みを認識するのが効果的だ。
たとえば、挑戦に向けて自分がどれだけ準備を重ねてきたかを考えたり、過去に同じような問題を乗り越えた経験を思い出したり、自分を支えてくれる大切な人たちや、自分のために祈ってくれている人たちのことを考えたりする。
そうすると、考え方がすばやく転換し、脅威がチャレンジに変わる。
ストレスを受け入れることで、勇気をふりしぼって、自分の力を信じることができるようになるのだ。
いたわりがレジリエンスを生む
ストレスを力に変える二つ目の反応は、「人とのつながり」を求めることである。
ストレスを感じると、人は利己的になると考えがちだが、社会的なつながりを求める気持ちは、闘争・逃走反応と同じくらい強烈なサバイバル反応だ。
子グマたちを敵から守ろうとしているハイイログマの母親や、溺れている子どもを助けようと川に飛び込む父親など、自分自身の命の危険をかえりみずに子どもの命を守ろうとする行動は、何よりも子孫を守るためのものである。
「思いやり・絆反応」は、恐怖を弱め、希望を強く持たせ、状況認識能力が高まり、思い切って行動しやすくなる。
これは子どもを守るためだけに現れるのではなく、周りの人を助けようとするとき、体はいつでもこの状態になる。
したがって、1日にひとつ、誰かの役に立つための行動をしたり、自分のための目標ではなく、自分よりも大きな目標に変えたりすることで、ストレス反応を「思いやり・絆反応」に切り替えることができる。
思いやりと絆を大切にして向き合えば、相手のストレスにさらされても、かえって力が湧く。相手への共感が湧き、進んで助けたくなる。
また、人は自分自身が苦しんでいる姿を人に見られるのを恐れるが、ありのままを見せた方がいい。周りの人も、あなたとの繋がりを感じることで孤独感が和らぐ。そして、あなたの力になりたいと思い、思いやりや絆を深める行動を起こすことで、相手も思いがけない喜びを得ることができる。
ストレスで成長する
ストレスを力に変える3つ目は、「成長」だ。
つらい経験から得られるものがある、ということは誰しも感じていることではないだろうか。
もっとも、それは強いストレスを感じたトラウマから得られるものではない。
それは、逆境によって生まれる強さや、苦しみを意義深いものに変える、人間ならではの能力、自分自身のなかから引き出されるものだ。
ストレスを成長に変えるには逆境の良い面を見つめることだ。
これは無理に良い面だけを見つめるような不自然なポジティブシンキングではなく、良い面も悪い面も認識するということである。
つらい経験で得たものを振り返ることにより、心臓血管の反応や気分にプラスの効果が現れたという実験結果もある。
そして、逆境の良い面を見つめることは、自制心を高めることも確認されている。
いま現在の困難な状況や、最近強いストレスを感じたことを思い出してみよう。
そのような状況を経験したことで何か得たものはあったか、あったとしたらそのおかげで生活にどのような変化が起きただろうか。
「自分の思いがけない強みに気づいた」、「人生はかけがえのないものだと思うようになった」、「精神的な成長を遂げた」、「社会的なつながりや周りの人たちとの関係が深まった」、「新しい可能性や方向性を見出した」
自分にとっていちばんつらかった経験を振り返って、あえて良い面を見つめることは、ストレスとの付き合い方を変えるのに役立つ。過去の逆境を受け入れることは、いまの苦しい経験をとおして成長するための、勇気を奮い立たせるきっかけになる。ストレスを受け入れて力に変えるには、そのような態度が肝心なのだ。
まとめ
ストレスを力に変えるには、ストレスに対する認識を変え、ストレスに向き合うことによって可能になる。
逆にストレスを悪者扱いして、避けようとすることは、悪循環につながる。
また、ストレスに対する認識を変えることは、はじめのうちは小さなことでも、次々と良い連鎖反応を起こし、好循環が生まれる。
これは人間が環境の変化に対応できるよう進化してきた証と言える。
ストレスや感情、それに伴う反応は、アルゴリズムである。
環境が変われば、アルゴリズムを変えることができるように人間の脳はできているのだ。
ストレスから逃げず、どう向き合うか教えてくれる良書である。