本当の自信とは

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「新インナーゲーム」 

W.T.ガルウェイ 著 後藤新弥 訳・構成

 

12月にパワーメーターをROTORからパイオニアに変更した。

大きく変わったのはベクトル表示。シクロスフィアの分析も細かい。

得られたデータをどう活用しようか考えていたら、4、5年前に読んだこの本のことを思い出し、再読してみた。

 

この本は1972年にアメリカで発表され、76年に日本語版が出たものを2000年に改訂したものだ。

当初はテニスの教本として出版したが、テニス以外のスポーツにも活用でき、仕事や人生にも示唆を与えるということで、長く読まれている。

 

  

2人の自分の発見

著者はまず、テニスのプレイヤーには2人の自分が同居しているとする。

  • ラケットの持ち方、手首の固め方、腕の高さ、振り方を指示する、命令者たる私=セルフ1
  • 実際にテニスをプレーする筋肉や体の器官の総体である、実行者である私=セルフ2

 そして、セルフ1が指示、命令、判断をするほど、感覚が鈍り、ベストのプレーができなくなるという。指示すればするほど、余計な筋肉にスイッチが入るのだ。

テニスプレイヤーがベストのプレーをしたとき、本人はボールを正しく打つにはどうしたらいいか思い出していないし、どこに打ちこむかすら考えてはいないのである。

 

セルフ1を静かにさせる

ベストのプレーをするにはまず、セルフ1を静かにさせることだ。

いい悪いと判断するから、感覚が鈍る。裁判癖をなくす。

それはエラーを無視することではない。起きたことをありのままに見る、しかし、それにプラスもしくはマイナスの付加価値をつけないということ。

プラスに考えることは良いことのように思えるが、一つの事象をプラスに捉えると、それとは逆のことをマイナスであると判断することに繋がる。

 

セルフ2を信頼する

セルフ2は素晴らしい器官であり、その知性を認めることが大事だ。

不必要な自分への指示、非難、集中力を途切れさせる過剰管理といった傾向を解消し、自分が主導してことを起こす(MAKE)のではなく、自身に任せて発生させる(LET)。

セルフ2はそもそも言葉のレッスンを翻訳することはできない。

自分が求める結果を出来得る限り鮮明にイメージし、やってくれないかと頼む。

それがセルフ2を信頼するということだ。

 

自分自身の技術を見つける

判断をしない、イメージを与える、自然に発生させる」がインナーゲームの原則的なテクニックだが、

「具体的には、ストロークの最中に、自分のリストの感覚に注意を集中・・・数球は柔らかすぎるほどの固さで打ってみる。数球は固すぎるほどで打ってみる。そのように自身を体験させていけば、おそらく自動的に、自身が答えを見つける」

ある者が経験から学び取った技術の知識を受け継ぐことは自分に適した技術を探る上で、効率を高めてくれるが、それを基準にして自身の技術を「正しい」「間違っている」と判断する基準にしてはならない

そもそも他人と自分は体格、筋肉の量、質、柔軟性、すべて異なる(組み合わせで考えれば同じになるはずがない)のであり、基準にはなりえないのだ。

自転車のペダリングでも、下死点付近では「抜重する」、「靴底の泥を落とすようにする」、「引き脚を使う」、上死点付近では「11時から送りこむ」、「1時で踏む」、「3時~4時で踏む」など、いろんな解説がある。人によって異なるのは、人それぞれ答えが異なるから。それを鵜呑みにして練習するのは時間の無駄だ(反省)。

 

悪い癖を修正するには?

そうは言っても一度身についた癖を修正するのは難しい。

ではどうすればよいか。習慣を変えるといいという。

上書きインストールとでもいったほうがよいだろうか。

以下はその手順

  • STEP1 新鮮な気持ちで観察して、変えたい箇所を見つける
  • STEP2 望む結果の具体的な画像を製作する
  • STEP3 セルフ2を信じ切る
  • STEP4 変化と結果を、「無判断」で観察する

 

集中方法を学ぶ

観察するには集中力が必要だ。

 心を静かにさせるためには、それ(雑念など)を追い払うのではなく、「どこかに置く」ことを体得しなければならない。

心がどこかに飛び去ろうとする度に、穏やかにそれを今に引き戻す。

(マインドフルネスそのもの)

 

コート上の人間ゲーム 

さて、ここまではテニスの上達のための話。これだけでもとても参考になるが、ここから先が本当に価値のある部分だ。

著者は、インナーゲームをプレーしながら、自分が本当は何を求めているのかを内省した。

やがて分かったのは、テニスコートでのテニスの上達や勝利だけを望んでいるのではないという事実だった。本当に欲していたのは、自分のベストをプレーし、楽しむことを妨げている、神経質さを克服することだった。

人生を通して著者の体内にずっと埋め込まれていた(著者は競争及び勝つことの意義を信じ切るよう育てられた)、内なる障害にうち勝つことだった。

 

競技の意味

また、勝利にどのような意味があるか、著者にとって長い間の謎だった。

競争や勝利を重視する考え方には、個人の価値は他人よりいかに強いか(他者との比較)で決まるという誤った価値観に結びつきやすいことに否定的な考え方を持っていたからだ。

そのため、いかに優れたプレーをするかが競技の意味だと信じていた。

しかし、エゴを抜きにした根本的な部分にも勝とうとする動機が隠されていることに気づいた。「勝つとはゴール(目的)に到達するための「障害」にうち勝つこと」なのだ。

対戦相手同士が相手を打ち破ろうとあらん限りの努力をする。これは、相手という人間を敵にしているのではなく、相手が「今、ここで」克服すべき障害を提供しようとしているにすぎない。

真の競争は、真の協力と等式で結ばれる。

 

コート外のインナーゲーム

テニスには、

  • 対戦相手によって提供される「アウターゲーム」
  • 自分の内にある心理的・感情的な障害と戦い、自分の真の能力を知り、それを発揮することを目的にプレーする「インナーゲーム」

がある。

人生の他の局面でも同じだ。あらゆる活動は、外側と内側の両方のゲームから成り立っている。目的と我々の間には、常に外側の障害が存在するが、外側の目的を達成しようとすると内側(心の中)に心配や後悔、困惑が起き、要らざるトラブルを引き起こす。

しかし、内側の障害への対応は常に同じでいい。「今、ここ」に集中することだ。

 

本当の自信とは 

我々は、学校生活、そして社会に出てからも競争にさらされ、意識的にも無意識的にも他者との比較、優劣を何らかの判断基準として用いていることがある。

自信をつける、自信がない、自信を持て、いろいろあるが、「自信」とはいったいなんだろうか。

自分のある部分を他者と比較し、優れていることで自信を持つということもあるかもしれないが、自分より優れている者が現れればすぐに失うことになる。

この種の自信を揺るぎないものにするには、世界一(宇宙一?)にならなければならない。

 誰であれ、自分のセルフ2を改善する必要は、生まれて死ぬまで、一切ない。

そもそも人間の本質には初めから何ら問題はないのだという確固たる真実を理解することが基本だ。(P272)

 

自分自身を正確に理解し、自分自身に隠し事がなくなること、そこから本当の自信に繋がるのではないだろうか。

 

 

 

新インナーゲーム (インナーシリーズ)

新インナーゲーム (インナーシリーズ)